「水使いの森」庵野ゆき(2020年、日本)

ミミはこの時はっきりと悟った。自分はきっと水の神に呼ばれたのだと。
この西の最果ての地で、タータという師に出会うために。

 雷、風、土、火、光、この世に存在するありとあらゆる力を使いこなした先にある水丹術。 後継者である妹に先んじて水丹術の才を示した幼い王女ミリアが、政治的な諍いを避け、城を抜け出した先で出会ったのは、伝説として語られる水蜘蛛族の彫り手だった……。

 以下、若干のネタバレ注意。

 イシヌ王家により統治されている砂ノ領を舞台としたファンタジー。 本作の魅力は、作り込まれた世界観と、生き生きとしたキャラクターです。

 まずなんと言っても世界観の作り込みがすごい! 雷、風、土、火、光、そして水という世界に存在する様々な力を操る丹導術。 未知の超常的な術の力や設定は、読んでいるだけでも想像力が掻き立てられ、ワクワクしました。 それだけでなく、丹導術は人々の生活や考え方、物語そのものとも密接につながっており、本作をより奥深いものにしています。 この世界に住む人々の風俗(衣食住など)も細やかに表現され、まるで別世界に迷い込んだような気分にも。
 また、印象的だったのが、鮮やかな色の表現です。 ミミ(ミリア)の薄紅色、タータの紺碧、ラセルタの柿色、ハマーヌの鉄色、ウルーシャの硫黄色、水蜘蛛族の朱、藍、白の入れ墨、イシヌの水、西ノ森の青々とした植物……。 砂漠に覆われた砂ノ領が舞台となっているだけに、キャラクターたちの纏う色や自然が鮮やかさに感じられました。

 そして、それぞれが違った信念や考え方を持ち、行動しているキャラクターたちは、とても生き生きと魅力ある者ばかり。 ミミとタータ、ハマーヌとウルーシャの出会いと変化が中心に描かれているように、本作ではキャラクター同士の出会い、別れを経た成長が大きなテーマとなっており、非常に胸が熱くなる展開となっています。
 読んでいてはっとしたのが、カラ・マリヤの以下の台詞。 カラ・マリヤは何かとタータにつっかかり良い印象がなかったのですが(そして弱い立場にあるアナンを力をねじ伏せるという所業には未だに納得できていないのですが)、タータの強さが自由さが必ずしも周囲にとって、水蜘蛛の一族にとって良いものではないんだなと(そもそも水蜘蛛族の因習に問題があるとも言えますが)。 実際にカラ・マリヤとミミがいなければ、タータはアナンの人生について責任を負うことはなかったでしょうし。

「私が何をやったか分からんのなら、あの少年が何を守っているのかも、お前には分かるまい。 そんな半端な女に総彫りはできん……それだけだ」

 強いて気になる点があるとすれば、一部のキャラクターが物語の都合によって動かされているように感じてしまったところでしょうか。 ウルーシャとか、カラ・マリヤ(ネタバレ反転)とか……。 特に、ウルーシャに関してはハマーヌの成長の踏み台にされてしまった感じが強くて……(これまで他者と積極的に関わってこなかったハマーヌが、人と関わることと光の面と闇の面を知る上でウルーシャとの別れが必要だったことは分かるのですが)(ネタバレ反転)。 あと、イシヌ女王がミミに対する嫉妬を乗り越え、未来に希望を見出すシーンも、なぜ乗り越えられたのかのきっかけがいまいち掴めなくて無理やりまとめたように感じたかなと。
 また、ミミが跡目争いを避けて城を抜け出したというあらすじだったので権力闘争劇にやや期待していましたし、実際にイシヌ王家内の軋轢、イシヌ王家とカラハーマ帝家の対立、イシヌ王家と失われし民の因縁といった要素がありはするのですが、少なくとも本作ではキャラクターの成長がメインで、政治的な絡みは薄かったかなと思います。 本作は三部作の一作目なので、この辺りは次作移行へ期待かな。

 いずれにせよ、久しぶりに時間を忘れて一気読みするほどはまりこんだ作品だったので、次作も読むのが楽しみです!