「厭魅の如き憑くもの」三津田信三(2006年、日本)

谺呀治家は憑き物筋の家柄で黒、神櫛家は非憑き物筋の家柄で白――なんていうように、白黒をはっきり決められることなど、実は世の中には少ないと思うんだ

 憑き物筋の谺呀治家、非憑き物筋の神櫛家という対立する二つの旧家と古い因習の残る神々櫛村を舞台とした怪異ミステリー。 村で信仰される山神様と山神様を形どるカカシ像、村人が姿を消す神隠し、憑き物を祓う谺呀治家の双子巫女。 様々な因習や怪異が渦巻く神々櫛村で、次々起こる見立て殺人……。

 横溝正史の作品を思わせるような、家同士の結びつきの強い閉鎖的な村で起こる事件がなんとも不気味で、まとわりつくようなじめっとした雰囲気がとても良かったです。 本作の大きな特徴としては、民俗学的な知見に基づく膨大な描写や解説。 これが非常に読み応えがあって面白いだけでなく、現代と価値観の異なる村という特異な世界観に一種の現実味を与えています。
 ミステリーとしてはオーソドックスな内容でしたが、世界観や民俗学的な味付けがうまく合わさっており、楽しめました。 日記などの手記の形式で物語が進んでいる中で、一部だけ神の視点っぽい文書が混ざっていて不思議に思っていたら、実は真犯人であり、山神様として生きている小霧の手記だったという、ある意味でまさに神の視点だったことがラストで明かされて(ネタバレ反転)なるほどと唸りました。

 一方、本作の前半部分はほとんど舞台となる村の説明で、物語が動く(事件が起きる)のは半分ほど読み進めた辺り。 民俗学的な読み物としては面白いものの、物語としては正直退屈で、小説として手放しに勧められるかというと……。 かなり人を選ぶ気がしています。
 あと、怪異ものとしてもちょっと物足りない。 初めてこの作者様の作品を読んだけれど、全体的に説明的な描写が多く、恐怖を感じる「間」や「余白」があまり無いように感じられました。 村の因習や怪異に対しても類型を挙げながら民俗学的な解釈を加えていくので、怖さの根源となる「分からなさ」も薄れてしまって。 そもそもの話として、目の前の事象に対して合理的な説明を与えることで「理解すること」が面白さにつながっているミステリーと、「理解できないこと」を根源とする恐怖を題材としたホラーの相性の悪さもありますが……。

 とはいえ、個人的にはかなり好みな雰囲気だったので、シリーズ続編も引き続き読んでいく予定です。