「烏に単は似合わない」阿部智里(2012年、日本)

だから、私はここにいるのね。 双葉に、この琴は弾けない。だから、ここにいるのは、自分なのだ。これは偶然ではないと、あせびは悟った。 ここが、私を呼んだのだ……。 それまで、心のどこかで感じていたしこりが、ことりと落ちた気がした。 ここにいていいのだと、桜の花が笑った。

 平安時代風のファンタジー世界を舞台にした物語。
 世俗から切り離されて育った東家のニの姫が、腹違いの姉の代わりに宗家の次期当主である若君の后候補として突如登殿することになる。 しかし、他の后候補は美しくも癖のある姫君ばかりで、世俗に疎い二の姫は後宮で侮られ、肝心の若君も姿を見せぬまま。 やがて次々と起こる事件に巻き込まれていくことになるが……。

 以下、ネタバレ注意。

 若宮の后の座を巡る桜花宮の女達の権力争いを乗り越え、二の姫と若君が結ばれる少女漫画的な物語かと思いきや、叙述的なトリックを利用したミステリーという斬新な作品でした。 序盤は東家の二の姫あせびの視点で物語が進み、過剰な少女漫画的表現(あせびのあざといまでの純朴さや、あせびや后候補たちにの美しさの表現)が度々鼻につくのですが、むしろそれが本作の持つミステリー要素から目を逸らさせるミスリードとして働いているのがすごい。 あせび視点では、あせび自身が純粋でおっとりとした、清廉潔白な少女として描かれる一方、真赭の薄が「気取った」、自身に好意的でない女房が「ぶくぶく太った」と描写されるなど、ところどころあせびの人物像に対する違和感がちりばめられていて、それが伏線になっていていたんですね。 読み進めるにつれ、登場人物たちの印象が少しずつ変化していって、そういった読み手の心情の誘導、読み手の心情を利用した物語の展開の仕方がうまいなぁと思います。 また、「烏」という架空の生き物を主軸とした独特な世界観も魅力的で、四季の移ろう桜花宮が華やかに描写されています。

 一方、ひとつの物語として見た場合、いまいち世界観や設定が生かしきれていないなぁと感じる点が多々見受けられました。
 真っ先に気になったのは文体。 平安時代をモチーフとしたような雅な世界観と宮廷での権力争いというストーリーに対して文章が軽いというか、若々しいというか、現代っぽいというか、いまいち噛み合っておらず、良く言えば読みやすい、悪く言えば世界観にマッチしていない。
 また、全体的に登場人物の描写も浅め。 それぞれキャラは立っているものの、内面や人物同士の関係性についての掘り下げが少ないので物語の深みがなく、登場人物たちの言動に説得力が感じられません。 ラストの解決編も、ミステリーのギミックとしては面白いのですが、もう少しやりようがあったんじゃないかなとは。 後出しの情報が多く全体的に説明不足なのもそうですが、若宮が唐突に登場して証拠もないふわっとした理由で四家の姫を含む当事者たちを一方的に断罪していくのは、宗家と四家の微妙な関係を考えるとちょっと雑に思いました。 物語上の問題の根源は宗家と四家の権力争いであり、四家の手駒でしか無い(それどころか宗家と四家の権力争いの被害者ですらある)あせびや他の姫君たちを断罪し、追い出したところで根本的な解決になっていないですし。 后は適正によって選ぶと豪語しながら、確たる証拠に依らず、好き嫌いであせびを糾弾する若宮というキャラクターが、どうにも好きになれず。
 個人的には、あせびの本性を存分に発揮した宮廷ものが読みたかったなぁと。 あせびに罪がないとはいいませんが、権力闘争劇ではあせびくらい狡猾で強かな人物が居た方が断然面白いです。 総じて、良くも悪くも、ラストの展開のためのギミック特化な物語という印象です。

 一応シリーズものなのですが、続編を読むかはかなり微妙なラインです。 というのも、本作はギミック特化ゆえにどうしても一発ネタ感が強くてですね……(ファンタジーからミステリーへの転換というジャンルそのものへの先入観を利用したメタ的なギミックなので尚更)。 あまり興味のない若宮側に物語がシフトしていくらしいことも含め、別に読まなくても良いかな。 華やかな世界観や、登場人物の造形が漫画やアニメなどの媒体に向いている気がするので、漫画化された方は少し気になります。